急成長


1990年代、シーカは多くの新たな国々で販売網を広げます。1990年から1995年のわずか6年間で16 ヶ所に子会社を設立しました。黄色の文字と赤い三角はシンガポール、韓国、台湾、フィリピン、ベトナム、そして中国で光ります。米国の東海岸特、西海岸のカリフォルニア、中部、南部の州にも子会社を設立しました。ベルリンの壁の崩壊によって、東ヨーロッパの国々にも大きな潜在的市場がありました。アジアの売上高の割合は、7パーセントから14パーセントに、北米・南米は15パーセントから25パーセントに成長します。40パーセント以上の売上が、ヨーロッパの外で計上されるようになりました。しかしながら、1990年代は厳しい時代でもありました。激しい競争と原材料価格の高騰で、利益は低下しました。この苦境をシーカは、収益性の低い非中核事業から撤退することで乗り切りました。

1990年代の経済不況から約10 年後の2005年、シート事業に特化していたサーナ社がシーカグループの一員となりました。2000年代、シーカは最も波乱に満ちた10年間を経験しました。2000年から2008年までの9年間で36社を買収し、売上高は20億スイスフランから46億スイスフランに成長しました。同じ期間、従業員数は8,000人から12,000人に増加しました。シーカのコア・コンピテンシーはSealing(シーリング)、Bonding(接着)、Damping(制振)、Reinforcing(補強)、Protecting(保護)の5つの言葉でまとめることができます。基礎から屋根まで、シーカはこの技術領域でマーケット・リーダーを目指し始めます。コンクリート混和剤のシーカ®ビスコクリート®は2000年に上市され、現在、シーカの主力製品となっています。また、シーカは他の事業でも急成長を遂げました。2006年、売上高は一気に30%成長しました。2002 年から「SikaAG」として知られる持ち株会社は、増加した従業員と生産設備への投資、経営組織の全面的な見直しが必要でした。そこで、2006年からマーケティングと営業活動は、Concrete(コンクリート用建材資材事業)、Distribution(化成品建設資材事業)、Contractors(化成品営業開発事業)、Industry(工業製品事業)に集約して行われています。2000年代の終わり、金融危機により各国が不況の渦に飲まれ、シーカもまた成長を抑制されました。しかしながら、この不況をよそに、シーカは多くの地域で市場シェアを拡大することができました。2010 年、シーカは100周年の節目の年を迎え、更なる100年に向けた準備をしています。