工業分野への進出


シーカフレックス®特にシーリング材の傑作であるシーカフレックス®-1aや新たに上市されたシーカトップ®と共に、シーカは成長軌道に乗ります。オイルショック後、石油に依存しない製品が脚光を浴びましたが、多大な努力の後、シーカは1976年にはすでにその製品を開発していました。これにより、工業分野へのアクセスが可能になりました。また、この時期に経営構造の合理化と子会社経営を一本化したことでシーカの経営体制はより強化されました。また、ブルカード一家が過半数の株を保持し、それは今日まで続いています。操業上の経営権はオーナー一家から外部の経営者に移行されました。オイルショックに見舞われた1970年代はシーカにとって良い時代だったとは言えませんが、多大な努力により、1973年から1976年までの深刻な不況をも乗り切りました。この危機的な時代はシーカスピリットをより強いものとしました。今日も使われているこのスローガンは、この時代に形成されました。これは、従業員が団結して前向きに会社と向き合う態度を象徴しています。従業員の献身的な行動により1970年代の終わりには、シーカの経営状況は好転しました。1974 年にスイス証券市場に上場しました。

1980年代、多目的用途接着剤のシーカフレックス®と共に、シーカは自動車産業など新たな分野を開拓しました。しかしながら当初、自動車産業への参入はリスクが高すぎるという理由から、経営陣は乗り気ではありませんでした。最終的には、1人の経営者の助力によりこの分野での成功を収めます。この新しい事業は「インダストリー」と銘銘されました。チューリッヒの研究所は、最初の性能試験を大手自動車メーカー、プジョーとメルセデス・ベンツで実施しました。1986年に、BMWの7シリーズにシーカフレックス®が採用されたことで、いよいよ事業は拡大し、インダストリー事業は急速に成長し、シーカにおいて2番目に大きな柱となりました。インダストリー事業への参入の過程で、シーカは建設用化学製品における固定概念を払拭しました。多様性を持つことにより、景気の浮き沈みに対応できます。1982年、ドイツの化学品メーカー「レヒラー・ケミ社」を買収し、ドイツにおける市場開拓の基礎固めをしました。統合から新会社が再び成長軌道に乗るまで、数年の時間を要しましたが、この買収により、シーカはさらなる多様性を持つことになりました。1980年代後半、先進国が好景気に沸き、シーカもまた、この好景気の波に乗り、1989年には従業員は3,000人から一気に4,000人を超え、売上高は10億スイスフランを計上しました。