第二次世界大戦と戦後の好景気


第二次世界大戦中、シーカは進出していた多くの国々で営業を続けました。スイスのドイツ軍占領地には混和剤の貯蔵庫が建設され、はたまた、ノルマンディー上陸作戦で使用された連合軍の物資運搬コンクリート船の建造にもシーカのコンクリート用減水剤プラスチメント®が使用されました。第二次世界大戦中、シーカの売上高は大きく成長しますが、原材料の高騰により、利益は非常に圧迫されました。1950年から60年代の戦後の好景気には、スウェーデンからキューバといった新たな地域に子会社が次々と設立されました。この時期、シーカは第二世代の変革を迎えます。スイスでロムアルド・ブルカードをシーカに迎え入れたのです。1953年に彼がシーカに加わってからブルカードは、それまでばらばらだったいくつもの子会社の指導権を徐々に掌握し、1968年、シーカ・フィナンツAGを設立し、企業構造を一本化しました。1960年代はまた、研究開発を強化した時期でもあります。研究所は5倍の規模になり、近代化されました。しかしながら、1960年代終わりのバブル崩壊により、シーカは危機的状況に陥ります。スイス・デューディンゲンの新工場は予算オーバーで操業が危うくなり、子会社の多くの建設事業は経営効率が悪くなり、状況は良くありませんでしたが、シーカは辛うじて破産の危機を免れました。この時また、二つの主力製品が誕生します。1968年に製品化され、今日のベストセラーとなる、一成分形弾性ポリウレタンシーリング材、シーカフレックス®ならびに防水シートです。